【1章】鬱屈とした中高時代【中学不登校高校中退人間がどうして旧帝に合格できたのか?】

僕は中学時代から不登校で高校を中退しています。

また、高校時代の成績は学年ワースト2位で偏差値も30代でした。

そんな底辺な人間がいかにして旧帝というエリート大学へと進学することができたのか、その秘訣をお教えしようと思います

中高不登校で高校中退した人の参考になれば幸いです。

学校に行けなかった中学高校時代と高校中退

僕は中高一貫校に入学し、不登校になりました

特にいじめにあっていたわけではないですがなぜか下に見られ、いつもバカにされ馴染めませんでした。

いわゆるスクールカーストが下だったためでしょうか。

 

成績は中1時点こそ学年10位でしたがその後不登校になり高校時代にはワースト2位にまで成績が落ち込みました。

何かに熱中していたかというとそういうわけでもなく、ただだらだらとネットサーフィンをしたり、ニコ動を見て無為に時間を過ごす毎日

ネット photo

当然友達もいるはずもなく寂しい中高時代を送ることに。

修学旅行の班決めではグループに入ることもできず結局行きませんでした。

まろん
ぼっち辛すぎワロタwww

そうすると高校に在籍する意味を見い出せなくなり、高校を中退。

高校2年の夏のことでした。

 

引きこもり生活と復活への兆し

親と教師の勧めでしぶしぶ通信制の高校へ編入することになりました。

通信制の高校なので通う必要もなく、当然引きこもりになったのです。

 

高校3年生のとき、プライドだけは人一倍あったので無謀にもかっこいいから
という理由だけで京大を受験、普通に落ちました。

落ちたショックで1年間何もせず家に引きこもることになるとは思いもよりませんでしたが。

 

そんな生活が1年も続くと自然と

まろん
自分ってなんで生きているんだろう
と思い、自分がこんな目にあっているのは社会が悪いと考え、社会学を勉強しようと再び大学受験を決意。

試しに安かったからという理由で代々木ゼミナールの模試を受けたら偏差値30代でした。

 

まろん
いくら何でも低すぎやろwww

中学の途中から引きこもり生活を続けてこの時すでに6年が経過していました。

 

学習開始

流石に偏差値30代ではまずいと思い恥を忍んで中学範囲から勉強を開始することに。

結果としてこの判断は大正解でした

予備校にも通おうかと思いましたが自分のレベルが低すぎてついていけないと思い諦めました。

 

近所の本屋でいい歳した人間が中学生用の参考書と問題集を物色していたのは端から見て不気味だったでしょう。

幸い、ネットを見る習慣はついていたので机に座ることに苦痛を感じることもなかったし、参考書や問題集はネットで検索してお勧めされていたものを購入して学習を続けました。

 

とはいえ、受験勉強を開始したものの、はじめは5分も集中が続かずすぐにニコ動を見始める生活が続きました。

まろん
ニコ動おもしれwww

しかし、継続しているうちに徐々に集中力がついていき、夏ごろには1日10時間勉強できるほどにまでなっていました。

成果と油断

勉強の成果は早速現れました。

夏の大学別模試では科目によっては偏差値70を超え、地元の旧帝(京大じゃないよ)の判定がA判定と予想外にいい結果となりました。

これがアダとなったのです。

 

これならイケると思い油断したのか秋口から某ニチアサ番組にどハマりしました。

劇場版を含めてシリーズ全作品を視聴し、全話視聴し終わったのはセンター試験2日前でした

一応その間の模試でもA判定を維持し続けたものの、そんな調子だったので当然センター試験本番で大コケすることになりました。

挽回、そして合格へ

そこから挽回するためセンター試験後は文字通り死に物狂いで勉強しました。

過去問を覚えるくらいまで頭に叩き込んで本番に臨みました。

特に英語は15年分、数学は20年分の過去問を覚えるくらいまで徹底的にやり込んだのです。

 

結果として本番では数学こそ1問も解けなかったものの他の科目が会心の出来でした。

そして1年間の勉強が報われ無事地元の旧帝に合格することができました。

まろん
やったぜ!

不合格を確信していたので合格発表の掲示板を見て腰を抜かしたのはいい思い出です。

 

成功した要因としてはやはり何があってもやり抜くというメンタリティが大事だと感じました。

途中偏差値が30代と出たり、センター本番で壊滅的な点数をとってしまった時も諦めずに最後までやり抜いたという経験は今に生きていると思います。

 

【2章】遊ぶことしか考えていなかった大学時代【高校中退非モテ人間がどうやって彼女を作ったか?】に続く