【4章】絶望の公務員時代【はじめての社会人生活とパワハラ上司、そして休職】

念願の公務員から内定をもらえて意気揚々のまろん。

しかし、現実はそう甘くはなく、厳しいものでした。

職場に馴染めず、上司からのパワハラを受け精神的に追い詰められた結果、抑鬱状態と診断され休職することになります。

少し重めの話になりますが数ヶ月で復職しており、抑鬱状態で休職された方に参考にしていただけると幸いです。

内定者懇談会での一抹の不安

内定先は休日出勤のある災害対応や残業、転勤がほとんどないという理由だけでやりがいや仕事内容なども特に考えず某官庁に決めてしまいました。

個人的にも条件面でかなり満足できるところで、これで将来は安泰だと余裕綽々といったところでした。

まろん
これで将来安泰ですわw

10月1日、そんな内定先で内定者懇談会が開かれました。

僕は当然そこに参加したもののそこで一抹の不安を覚えました。

というのも同期や先輩と話が合わなかったからです。

 

もともと僕はコミュ障だったので人と話すことが苦手だったというのはあります。

大学時代に嫌な人間とは極力かかわらないようにしていたのが災いしたのでしょうか、自分の苦手なタイプの人が多くてどう振る舞っていいのかわかりませんでした。

直感的にここは合わない、選択をミスったなと感じました。

 

だからと言って今更就活をやり直す気にもなれませんでした。

まろん
今から思うとここで留年してでも就活をやり直すべきでしたね。

 

入社後、自分の直感は正しかったと確信する

入社後、あまりにも仕事がつまらず、これは合わないと感じました。

毎日毎日誰とも話さずパソコンとにらめっこで延々と書類の間違い探しをすることが僕に与えられた仕事でした。

一見楽な作業のようにも思えますが、単純作業ゆえに時間が経つのが遅く感じられ、またやりがいも全くないためとても辛かったです。

 

一昔前に民間企業で1日中ひたすら単純作業をやらせて自分からやめるように仕向ける追い出し部屋というものが話題になりましたがイメージ的にはそれに似た感じです。

仕事をしようにも研修もろくな引き継ぎもなく、簡単なマニュアルだけぽんっ、と渡されてそれであとは

先輩
わからないところがあったら聞いてね〜
とだけ言われて放置されました。

これをあと40年続けるのかと思うと絶望しました。

 

帰りの電車でつり革に揺られながら

まろん
(自分ってなんで生きているんだろう・・・)
そう思わざるを得ませんでした。

 

職場の人間関係に馴染めない

また、仕事内容以上に苦しんだのは人間関係でした。

内定者懇談会で感じた通り、職場の先輩や上司とまるで話が合わずに苦労しました。

職場では周りが楽しそうに歓談している中、自分一人だけが話の輪に入れず孤独感を感じました。

まろん
寂しい・・・

特にお昼休みが苦痛でした。

お昼休みはみんなで一緒に取ろうという謎の暗黙のルールがあり、半ば強制的に休憩室でお昼ご飯を食べることになってしました。

僕は周りが楽しそうに話している中、ただ愛想笑いを浮かべて頷くだけのマシーンと化しており、ただでさえ間違い探しの仕事で神経をすり潰しているのに疲れを取るどころか疲れが倍増するかのような感覚でした。

話している内容といえば

  • 違う部署の誰それさんの噂話
  • 他の人の悪口

ばかりで僕からすると

まろん
違う部署の人の噂話をされても会話に入れるわけねーだろwww
という感じで全くついていけませんでした。

 

最悪なパワハラ上司との戦い

それだけならまだしももっとも苦しめられたのは上司からのパワハラでした。

暴力こそ振るわれなかったものの、

  • 皆の前で怒鳴られ、叱責されるのは当たり前
  • 別室に呼び出され何時間もネチネチとなじられる

ということをされました。

上司
仕事が遅い、間違いが多い、どうしてそんなに仕事ができないんだ
とネチネチネチネチ毎日のように言われ続け辛かったです。

 

さらに人事評価は当然のようにCをつけられました。

B以上が当たり前の公務員の世界にあって、Cというのはよほどのことがない限りつけられない屈辱的なものでそれと同時に出世の道は閉ざされたも同然でした。

僕は日々のノルマもきちんと達成していましたし、正直納得のいかないものでした。

理由を問いただすとニヤニヤしながら

上司
総合的に判断した結果だから
と言われ憤りを隠せなかったのは今でも覚えています。

 

耐えきれずに休職へ

そんなある日、決定的な出来事が起こります。

その日は水曜日で定時退庁日でした。

定時退庁日なのでその日は普通に定時で帰ったのですが、翌日になって烈火の如く怒り狂ったパワハラ上司から呼び出されます。

 

上司
昨日はなぜ帰った、みんなはまだ残っていてお前一人で帰るとはけしからん、みんなの輪を乱すな

というのが大まかな趣旨です。

正直意味がわかりませんでした。

要するに自分達より早く帰ったのが気に喰わないみたいでした。

 

その日、業務量が倍になりました。

終業間際になって先輩社員からボンッ、と書類の束を渡され、

先輩
今日中に仕上げてくれ、終わるまで帰さないから
と言われました。

とても今日中に仕上げられる分量ではありませんでしたし、別に急いでやるべき内容でもありませんでしたので何度も帰らせてくださいと先輩社員に頼みましたが

先輩
終わるまでだめだ!
と断られました。

あのパワハラ上司から指示されているのは明らかでただの嫌がらせでした。

また、他の同僚からも「帰っちゃダメだよ」と言われました。

自分の周りには味方は一人もいませんでした。とても悲しかったです。

まろん
自分は何でこんな目に合うんだろう、と当時は思っていましたね。

 

そして翌朝、布団から起き上がれませんでした。

その日は職場に休むと連絡を入れましたが、手が震え、涙が出てきました。

家族からの勧めでその日のうちに心療内科を受診した結果抑鬱状態と診断され休職を指示されたのです。

まろん
あの時は本当に辛かったですね汗

 

休職したことを話すと彼女にあっさりと振られる

悲しいことは続くもので、休職が決まったことを当時付き合っていた彼女に話すとあっさりと振られました。

曰く

元カノ
自分はまだ若いし、他にもっとふさわしい男がいる、あんたなんか私と釣り合わないしいるだけ邪魔
だそうで。

こんな人だとは思わずとても悲しくなりました。

まろん
チックショーっっっっwwwww

 

休職期間中、今後の人生についてよく考えた

休職期間中は自分の将来のことをよく考えました。

そして

まろん
転職するしかない
という結論に達しました。

というのも、

  • 公務員の待遇は魅力的だがこの仕事は自分には合わない
  • このまま今の仕事を続けてもC評価をつけられた以上、出世も望めないし将来性がない

という理由からでした。

 

ちなみにこの時web系エンジニアという選択肢があることを知りました。

とはいえ、この時はまだ頭の片隅に置いておく程度のことでした。

 

ゆっくりと休んで復職

3ヶ月間病気休暇を取得してゆっくりと休むことができました。

3ヶ月休んでも給料がちゃんと支払われるのは非常にありがたかったですね。

その辺りは公務員は非常に恵まれていると思います。

 

そして元の職場に復職することとなりました。

もちろん上司のパワハラが改善することはありませんでしたが休職する前より客観的に捉えることができるようになっていました。

上司が

上司
君、いい大学出てるのになんでそんなに仕事できないのかね〜、僕が若い頃は〜(ネチネチネチネチ)

と言ってきても

表面上は

まろん
はい、申し訳ございません

という振る舞いをしていたのですが、内心では

まろん
このおっさんまた同じこと言ってるよwwwバーカwwww

みたいにある程度余裕を持って対面することができるようになりました。

それもこれも全て

まろん
どうせあと数ヶ月もしたら転職して二度と会わなくなるんだからなwww

という余裕があったからでした。

 

5章:転職活動に大苦戦!?に続く